「韓国のAI規制ができたらしいが、うちのような規模の越境ECには関係ないだろう」——もしそうお考えでしたら、いったん立ち止まってください。
2026年1月22日に施行された韓国AI基本法(人工知能発展と信頼基盤造成等に関する基本法)は、韓国に拠点のない日本企業にも適用されます。しかも、実務上いちばん効いてくる透明性確保義務には、売上高や利用者数といった規模の下限が置かれていません。商品説明文を生成AIで書き、モデル画像を画像生成AIで用意し、問い合わせをAIチャットボットで受けている——そんな越境EC事業者は、会社の大小にかかわらず対象になりうるということです。
この記事は、法律の解説そのものではなく、「韓国向けに越境ECを運営している日本企業が、実際に何をすればよいか」に焦点を当てて書いています。順序は次のとおりです。
- ステップ1:そもそも自社は対象なのか(域外適用の射程)
- ステップ2:自社のどこがAI利用に当たるのか(社内棚卸し)
- ステップ3:何を、どこに、どう表示するのか(韓国語の表示文例つき)
- ステップ4:いつまでにやるのか(猶予期間と優先順位)
- ステップ5:違反したらどうなるのか
本記事は2026年8月7日時点の情報に基づく解説です。
結論:日本企業がまずやるべき3つのこと
- ①「規模が小さいから対象外」という前提を捨てる。透明性確保義務(法第31条)に規模要件はありません。一方、国内代理人の指定義務(法第36条)には数値基準があり、中小規模なら通常は届きません。「表示義務は全員、代理人義務は大手」——この切り分けが出発点です。
- ②韓国向けページとサポートのAI利用箇所を棚卸しする。生成AIの出力が韓国の消費者の目に触れている箇所がどこか、まず一覧にしてください。
- ③韓国語での「AI利用である旨」の表示を実装する。日本語や英語ではなく、消費者が実際に読む韓国語で表示することが実務上の要点です。
ステップ1:そもそも自社は対象なのか
結論:韓国に法人も営業所もなくても、韓国の消費者に向けて販売していれば対象になりえます。
法第4条は、韓国国外で行われた行為であっても、韓国国内の市場または韓国内の利用者に影響を及ぼす場合には同法を適用すると定めています。物理的な拠点の有無は要件になっていません。日本の自社サイトから韓国向けに販売している場合も、Qoo10やCoupangといった越境ECプラットフォーム経由で販売している場合も、域外適用の射程に入りえます。
米国のプライバシー研究機関 Future of Privacy Forum は、韓国AI基本法の域外適用は「間接的に影響を及ぼす」場合まで含みうる点で、EU AI法より広くなりうると指摘しています。EU向けの対応(EU AI法の解説はこちら)を済ませているからといって、韓国は自動的にカバーされない点にご注意ください。
実務的な自己診断は単純です。「韓国語のページを用意して、韓国の消費者に販売しているか」——イエスなら、次のステップに進んでください。
ステップ2:自社のどこが「AI利用」に当たるのか
結論:AIを開発していなくても、業務にAIを組み込んで韓国の消費者に提供していれば「AI利用事業者」として対象になりえます。
韓国AI基本法は規制対象を「AI開発事業者」と「AI利用事業者」に分けています。日本の越境EC事業者のほとんどは後者です。まず、次の表で自社の状況を確認してください。
| 越境ECでよくある場面 | AI利用に当たるか | 消費者の目に触れるか |
|---|---|---|
| 商品説明文・広告コピーを生成AIで作成 | 当たりうる | 触れる(表示の要検討) |
| 商品画像・モデル画像を画像生成AIで用意 | 当たりうる | 触れる(表示の要検討) |
| 問い合わせ対応のAIチャットボット | 当たりうる | 触れる(事前告知の要検討) |
| レビュー・商品情報の機械翻訳/自動要約 | 当たりうる | 触れる(表示の要検討) |
| 閲覧履歴に応じた商品推薦 | 当たりうる | 触れる(表示の要否は要検討) |
| 社内の需要予測・在庫最適化 | 当たりうる | 触れない(表示は通常不要) |
なお、どの範囲の利用が「AI利用事業者」に該当するのかについて、本稿執筆時点で所管官庁の公式ガイドラインにおける具体的な線引きは確認できていません。ですので実務上は、「生成AIの出力を韓国の消費者が直接目にする形で使っているか」を基準に棚卸しし、該当箇所から順に手当てしていくのが現実的です。
ステップ3:何を、どこに、どう表示するのか
結論:①AI利用の事前告知、②生成物へのAI生成表示、③識別困難な合成コンテンツの明確な表示、の三つが柱です。
法第31条が求めているのはこの三つです。越境ECの現場に引き直すと、次のような対応になります。
| 対応箇所 | やるべきこと | 韓国語の表示文例(参考) |
|---|---|---|
| AIチャットボット | 会話の開始時点で、AIが応答することを告知する | 본 상담은 AI가 응답합니다. (この相談はAIが応答します) |
| 生成AIで作成した商品説明文 | AIで作成した旨を、該当箇所の近くに表示する | 본 상품 설명은 AI로 작성되었습니다. (この商品説明はAIで作成されました) |
| 画像生成AIによる商品画像・モデル画像 | AI生成であることを表示する。実在しないモデルの場合は特に明確に | 본 이미지는 AI로 생성된 이미지입니다. (この画像はAIで生成された画像です) |
| レビューの自動翻訳・自動要約 | AIによる翻訳・要約である旨を明示する | 본 리뷰 요약은 AI가 생성했습니다. (このレビュー要約はAIが生成しました) |
実装上のポイントを3つ挙げます。
表示は「韓国語」で行う。対象は韓国の消費者ですから、日本語や英語での表示では告知として機能しない可能性があります。多言語サイトの場合、韓国語版に表示が反映されているかを必ず確認してください。
チャットボットは「最初」に告知する。やり取りが始まってから気づく形ではなく、消費者が最初に接触する時点で分かるようにするのが趣旨に沿います。ウィジェットの冒頭メッセージに入れるのが簡便です。
機械可読な表示も認められる方向。生成物の表示方法は人が読める表示に限られず、機械が読み取れる形式(目に見えない電子透かしを含む)も認められる方向で整理されています。ただし越境ECの実務では、まず消費者が読める表示を確保するほうが確実です。
ステップ4:いつまでにやるのか
結論:猶予的な運用が示されている今のうちに着手するのが得策です。
報道・実務解説によれば、施行日である2026年1月22日から1年程度は、罰則の適用ではなく指導・是正を中心とする猶予的な運用が示されています。ただし、猶予期間の正確な終了日については、「最低1年以上」とする解説と「2026年末まで」とする解説があり、記述に食い違いがあります。正確な終了日は未確認です。
ここから導かれる実務判断はシンプルです。「猶予があるから後回し」ではなく、「猶予があるうちに実装を終える」。表示の追加はシステム改修としては軽微な部類ですから、猶予期間内に片づけてしまうのが合理的です。
ステップ5:違反したらどうなるのか
結論:是正命令または3,000万ウォン以下の過料の対象です。
用語を整理しておきます。過料とは、法令違反に対して行政機関が課す金銭的な負担であり、刑罰である罰金とは性質が異なります。日本語の解説の中には「罰金」と訳すものもありますが、韓国語の原語は「過料(과태료)」です。
金額は、透明性確保義務違反、国内代理人の未指定、立入検査の拒否などについて3,000万ウォン以下とされ、是正命令が先に出る枠組みも用意されています。金額そのものより実務上重いのは、是正命令を受けた事実が残ることと、対応のために韓国当局とのやり取りが発生することです。越境ECの運営に割ける人員が限られている企業ほど、この負担は無視できません。
今週やるべきこと──チェックリスト
| 確認項目 | 担当 | 優先度 |
|---|---|---|
| 韓国向けページでAIチャットボットを使っているか | CS・開発 | 高 |
| 商品説明文・広告コピーに生成AIを使っているか | 制作・マーケ | 高 |
| 商品画像・モデル画像に画像生成AIを使っているか | 制作 | 高 |
| レビューの自動翻訳・自動要約を出しているか | 開発 | 中 |
| 該当箇所に韓国語のAI表示を入れられるか | 開発・法務 | 高 |
| 自社の韓国向け売上高・利用者数(代理人義務の判定用) | 経営・経理 | 中(後編で詳述) |
本稿執筆時点で未確認の論点
- 越境EC事業者のどの範囲のAI利用が「AI利用事業者」に該当するかについての、所管官庁の公式ガイドラインにおける具体的な線引き
- 猶予期間の正確な終了日(「最低1年以上」とする解説と「2026年末まで」とする解説があり食い違いあり)
- 透明性確保義務における表示方法の技術的な細目、および表示文言として求められる具体的な水準
- 過料の具体的な算定方法および実際の執行事例
後編はこちら
後編では、日本企業がもう一つ確認すべき「国内代理人」の指定義務を扱います。この義務は韓国AI基本法・電子商取引法・個人情報保護法の三つに別々の基準で置かれており、越境EC事業者が本当に身構えるべきなのはAI基本法ではありません。自社が対象かを判定する手順とあわせて整理します。
→ 韓国の「国内代理人」3法──日本企業は何を、いつまでに【後編】