前編(「韓国で越境ECを運営する日本企業は、韓国AI基本法にどう対応すべきか」)では、規模を問わず適用されうる表示義務への対応を整理しました。後編で扱うのは、日本企業がもう一つ確認すべき「国内代理人」の指定義務です。
国内代理人とは、韓国に住所または営業所を持たない海外事業者が、韓国の行政機関や利用者からの連絡を受け、資料提出や是正対応の窓口となるために韓国内に指定しなければならない者です。
ここで日本企業が陥りやすい誤解があります。「AI基本法ができたから、うちも韓国に代理人を置かないといけないのか」——多くの場合、AI基本法については不要です。その基準は大手向けの数値で切られているからです。越境EC事業者が本当に身構えるべき期限は、別の法律にあります。
この記事では、次の順序で「自社は何をすべきか」を確定させます。
- ステップ1:国内代理人とは何をする人か(置くと何が起きるか)
- ステップ2:AI基本法の基準に自社が当たるか
- ステップ3:本命の電子商取引法——2027年2月21日の期限
- ステップ4:韓国に子会社がある場合の個人情報保護法
- ステップ5:三法をまとめて管理する
本記事は2026年8月7日時点の情報に基づく解説です。
結論:日本企業の判断はこの3点に集約されます
- ①AI基本法の代理人義務は、多くの日本企業には及ばない。前年度売上高1兆ウォン(概ね1,000億円規模)以上などの基準で切られています。中小規模の越境EC事業者が単独で到達する額ではありません。
- ②本命は電子商取引法。期限は2027年2月21日とされている。基準の一つが「サイバーモールにアクセスした国内消費者数が月平均100万人以上」で、AI基本法の「1日平均」よりはるかに到達しやすい数え方です。
- ③韓国に子会社がある会社は、個人情報保護法を今すぐ確認する。2025年10月2日施行の改正で、規模基準ではなく「韓国に国内法人を持っているか」を軸とする構造に変わりました。
ステップ1:国内代理人とは何をする人か
結論:行政との連絡窓口であり、資料提出・立入対応・行政命令の受領といった実務を代わりに担います。
韓国AI基本法における国内代理人の業務は、大規模AIの安全性確保措置の結果提出、高影響AIの該当性確認要請、高影響AIの安全性・信頼性確保措置の実施支援です。実務解説ではさらに、所管官庁および利用者からの問い合わせ窓口、資料要求や立入検査への対応、行政命令の受領と本社への伝達といった役割が整理されています。
要するに、韓国国内に「呼び出せば出てくる相手」を置かせる制度です。域外適用を定めても執行できなければ意味がないため、執行の足場として代理人を義務づけています。EU AI規則の域内代理人(後編で解説)と共通する発想ですが、対象事業者の切り方は各国で異なります。
日本企業にとって実務的に重要なのは、代理人を置くと相応のコストと責任が発生するという点です。名前を貸すだけでは務まらず、当局とのやり取りを継続的に担える体制が要ります。だからこそ「自社が本当に対象なのか」を先に確定させる価値があります。
ステップ2:AI基本法の基準に自社が当たるか
結論:韓国に住所も営業所もないAI事業者のうち、次の基準に一つでも該当する場合です。
| 基準 | 内容 | 中小規模の越境ECでの見込み |
|---|---|---|
| 総売上高 | 前年度売上高が1兆ウォン以上 | 通常は該当しない |
| AI事業の売上高 | AIサービス部門の前年度売上高が100億ウォン以上 | 通常は該当しない |
| 利用者数 | 前年度末を基準とした直近3か月間の、AI製品の国内1日平均利用者が100万人以上 | 通常は該当しない |
| 行政対応 | 一定の行政上の対応の対象となった場合 | 規模に関わらずありうる |
これらの基準は、韓国の大手法律事務所である金・張法律事務所(Kim & Chang)の解説、法律新聞の解説、Cooley、IAPP の各解説で一致しています。1兆ウォンは日本円で概ね1,000億円規模(為替相場により変動)であり、通常の越境EC事業者が単独で到達する額ではありません。
注意したいのは第四の「行政対応」です。解説間で記述が分かれており、金・張法律事務所は安全に関する事件の発生または所管長官からの資料提出要求の対象となった場合を挙げ、法律新聞は是正命令違反により過料を課された場合を挙げています。いずれの整理でも、規模基準に届かない事業者でも、行政の関与が始まれば代理人の指定を求められうる点は共通します。前編で扱った表示義務をきちんと履行しておくことが、間接的にこのリスクを下げることにもつながります。
未指定の場合は3,000万ウォン以下の過料の対象です。
ステップ3:本命は電子商取引法──2027年2月21日
結論:越境EC事業者が最も注意すべきはこちらです。
韓国の電子商取引法(電子商取引等における消費者保護に関する法律)の改正法案は国会本会議を通過し、海外事業者への国内代理人指定義務が導入されます。金・張法律事務所が解説した施行令・施行規則の改正案(立法予告段階)によれば、対象は次のいずれかに該当する海外事業者です。
| 基準 | 内容 | 確認すべき自社データ |
|---|---|---|
| 売上高 | 前年度売上高が1兆ウォン以上 | 全社売上高 |
| 消費者数 | 前年度末を基準とした直近3か月間、サイバーモール(オンライン販売サイト)にアクセスした国内消費者数が月平均100万人以上 | 韓国からの月次アクセスユーザー数 |
| 行政対応 | 公正取引委員会から報告・資料・物件の提出を要請された場合 | ── |
「100万人」の数え方が法律ごとに違います。韓国AI基本法は「1日平均」利用者100万人。電子商取引法は「月平均」アクセス消費者100万人。月平均で数えれば1日平均よりはるかに到達しやすく、同じ「100万人」でも意味する規模がまったく違います。「AI基本法の基準に届かないから電商法も大丈夫」という判断は誤りです。
施行日にも差があります。国内代理人の指定義務の施行は2027年2月21日とされ、同改正のその他の事項(2026年7月21日施行)より6か月遅い設計になっています。所管は科学技術情報通信部ではなく公正取引委員会です。
したがって日本企業がいま着手すべきは、韓国向けサイトの月次アクセス数を「国内消費者ベース」で測定できる状態にすることです。この数値を把握していなければ、2027年2月21日の施行時に自社が対象かどうかすら判断できません。Google Analytics 等で韓国からのユニークユーザー数を月次で追える設定になっているかを、まず開発・マーケ担当に確認してください。
なお、これらの基準は立法予告段階の改正案に基づく整理であり、確定した施行令の内容としては本稿執筆時点で確認できていません。過料の金額も未確認です。
ステップ4:韓国に子会社がある場合の個人情報保護法
結論:規模基準ではなく「韓国に国内法人を持っているか」を軸とする構造に変わりました。
個人情報保護法の国内代理人制度は、2025年10月2日施行の改正により対象の切り方が変わっています。金・張法律事務所の解説によれば、指定義務の対象は、海外事業者が設立した国内法人がある場合、または海外事業者が支配的影響力を行使する国内法人がある場合です。支配的影響力の例は、代表理事の任免または役員の過半数の選任が可能であること、30パーセント以上の出資です。
つまり、韓国に子会社や関連会社を持っている日本企業は、その韓国法人を国内代理人として指定する方向に整理されたことになります。第三者や形式的な代理人を立てる運用を封じる趣旨と読めます。
過料は2,000万ウォン以下で、2026年4月2日までに変更または新規の指定を行う必要があるとされていました。韓国に現地法人をお持ちの企業は、この期限が既に経過している可能性があります。現在の指定内容が改正後の要件に沿っているか、早急にご確認ください。
なお国内代理人制度の拡大はこの三法にとどまらず、ゲーム産業振興法、商標法、下請取引公正化法などでも導入または法案提出が進んでいます。韓国は執行の足場としてこの制度を広げる方向にある、と捉えておくのが実務的です。
ステップ5:三法をまとめて管理する
結論:所管官庁・対象の切り方・施行日がすべて異なるため、一つの表で並べて管理する必要があります。
| 項目 | 韓国AI基本法 | 電子商取引法 | 個人情報保護法 |
|---|---|---|---|
| 根拠 | 法第36条・施行令第29条 | 改正法(施行令は立法予告段階) | 2025年10月2日施行の改正 |
| 所管 | 科学技術情報通信部 | 公正取引委員会 | 個人情報保護委員会 |
| 対象の切り方 | 売上高・利用者数の規模基準 | 売上高・アクセス消費者数の規模基準 | 韓国内法人の有無と支配関係 |
| 利用者数の数え方 | 1日平均100万人以上 | 月平均100万人以上 | 規模基準ではない |
| 施行日 | 2026年1月22日 | 2027年2月21日(代理人義務) | 2025年10月2日 |
| 過料 | 3,000万ウォン以下 | 未確認 | 2,000万ウォン以下 |
| 多くの日本企業の見込み | 通常は対象外 | 要判定(本命) | 韓国子会社があれば要確認 |
同じ「国内代理人」でも根拠法が違えば指定すべき相手も届出先も異なり、一つの法律で指定しても他の法律の義務は満たされません。三法を一枚の管理表にまとめ、担当と期限を割り振るところから始めてください。
よくある誤解:2026年7月21日の改正で代理人義務が新設された?
結論:新設されていません。国内代理人の基準は2026年1月22日施行の当初の施行令第29条に由来します。
7月21日施行の改正を「海外AI事業者への国内代理人義務の新設」と説明する記述が一部に見られますが、これは正確ではありません。同改正の中身は、公共調達におけるAI確認制度の導入とデジタル脆弱階層の範囲拡大です。あわせて、利用者数の基準を「月間平均100万人」とする記述も見られますが、AI基本法について正しくは「1日平均100万人以上」です。日本語の解説記事を読む際は、この点の記述が正確かどうかで信頼度を測るとよいと思います。
今週やるべきこと──チェックリスト
| 確認項目 | 担当 | 期限の目安 |
|---|---|---|
| 韓国からの月次アクセスユーザー数を測定できているか | 開発・マーケ | 今すぐ |
| 全社売上高が1兆ウォン規模に達するか(通常は否) | 経営・経理 | 今期中 |
| 韓国に子会社・関連会社があるか | 経営・法務 | 今すぐ |
| ある場合、個人情報保護法上の代理人指定が現行要件に沿っているか | 法務 | 今すぐ(期限経過の可能性) |
| 三法の管理表を作成し、担当と期限を割り振ったか | 法務 | 今月中 |
| 前編の表示義務対応が完了しているか | 開発・制作 | 猶予期間内 |
本稿執筆時点で未確認の論点
- 電子商取引法の施行令・施行規則における国内代理人の対象基準は立法予告段階の改正案に基づくものであり、確定版の内容および公布状況、過料の金額は未確認
- 韓国AI基本法第36条の第四の要件について、現状明確でなく、条文上の正確な要件は要確認(売上高基準の「以上」「超」の別にも揺れがある)
- 個人情報保護法において、韓国内に法人を一切持たない越境EC事業者に対する国内代理人義務の残存範囲
前編はこちら
前編では、規模を問わず適用されうる表示義務について、韓国語の表示文例つきで実務対応を整理しています。
→ 韓国で越境ECを運営する日本企業は、韓国AI基本法にどう対応すべきか【前編】